明るい色づかいのイラストが施された本書は、句誌『豈—俳句空間』(第55号/2013年10月号)に掲載された「出アバラヤ記」が第2回攝津幸彦記念賞準賞の受賞を機に俳句を始めたという小津夜景(おづやけい)が、2013年11月から2016年4月までの期間に発表した自作より314句と15首を選び、新たに編集し直した初の著書。
この風変わりなタイトルを含め、全文に文字を構成するエレメントが丸く処理されたフォント「丸明オールド」が特徴的に使用されている。帯文は、正岡豊「廃園から楽園へ。」、鴇田智哉「のほほんと、くっきりと、あらわれ続ける言葉の彼方。今ここをくすぐる、花の遊び。読んでいる私を忘れてしまうのは、シャボン玉のように繰り出される愉快のせいだ。」
内容は、春夏秋冬を巡る8つの作品群(各20句)。李賀(791-817)の漢詩に自作の句を配した「閑吟集」や八田木枯(1925-2012)の句を主題として短歌を作った「こころに鳥が」といった連作、さらに武闘、SF、聖夜をめぐる断想など、5つの掌編。森敦(1912-1989)の『意味の変容』をめぐる「天蓋に埋もれる家」や前書き(詞書)と俳句で構成された前述の「出アバラヤ記」(改稿を含む)、そして「オンフルールの海の歌」というトポスをめぐる3つの長編を収録。
著者は、1973年に北海道で生れ、20代半ばで渡仏し、現在は南仏ニースに在住。結社・句会への所属歴はなく、数年前に突如ネット上で実作と評論を発表し始めた。漢詩と俳句、俳句と短歌、前書き(詞書)と俳句、散文、プレテクストに基づく作品など、慣習にとらわれない各章・各編の構成や自由な創作スタイルはどのようにして編まれたのか気になるところだが、「文字に触れるときの私は、思い出に耽りつついまだ知らない土地を旅している。それは散乱する〈記憶〉の中から〈非-記憶〉ばかりをよりすぐる、あたかも後衛と前衛とを同時に試みるかのごとき奇妙なフィールドワークだ。二年半にわたるこの行為のさなかにおいて、私はちょうど海を眺めるときと同じように自分が〈記憶〉と〈非-記憶〉との汀、即ち〈現在〉に対して開け放たれてあるのをずっと感じつづけていた。」とあとがきに綴られた文章から、著者のことばを詠む/読む態度の一端が伺える。刻まれた文字に触れ、気ままにことばと戯れながら、なんどもなんども繰り返し開きたくなる書物。
追記:『フラワーズ・カンフー』が第8回 田中裕明賞(2017年)を受賞しました。
以下参考
フラワーズ・カンフー*小津夜景日記
週刊俳句 Haiku Weekly 「〈身体vs文体〉のバックドロップ—格闘技と短詩型文学」 小津夜景✕飯島章友対談
ふらんす堂 小津夜景句集『フラワーズ・カンフー』
閑中俳句日記(別館)「【雑録】ラジオ 小津夜景×関悦史」
第8回 田中裕明賞(2017年)
インタビューpdf(日本経済新聞/2017年8月16日)
インタビューpdf(朝日新聞夕刊/2017年9月13日)